17th
自分が表通りでブログを書いていて言うのもなんだけど、世の中にはプロフェッショナルな記者やライターを差し置いてのブロガー主体論というか、主張があったりするようです。
曰く・・・私はブロガーである。固定の読者も一杯いるのである。
そんな私は、もはやなんでも発信できるのである。
Twitterで中継しちゃうし、ブログのエントリーも上げちゃうのである。
プロの記者がやってるのと同じことが出来ちゃうのである。
そうしちゃうとさ、プロの記者ってやること無くなっちゃわね?とりあえず顔を洗って出直してきたほうが良いと素直に思う。
素人なりの見識で成り立つ個人ブログを書いているだけ、ということを理解しているかどうか
もちろん自分が元々深く関与してきた内容についての話を中継したりブログのエントリーにするのであればそれなりにバックグラウンドがあるわけで、その内容の正当性や正確性について自分自身の責任を担保できるのだろうけど、そうではない場合には単なる素人の戯言であるということを理解しているかどうか。
ちなみに業務の一環として書いている、いわゆるビジネスブログであれば、それは広報活動の一環なので別の話。これはむしろプロの仕事にカテゴライズされるべきものなのかもしれない。
まぁいずれにせよワタシごときがプロの物書きの擁護をしても誰の助けにもならないのだけれど、書いた記事で飯を喰ってるのと、別にやってることはあって、なんとなく文字を打ち込んでいる立場の違いは理解しておいたほうが良いと素直に思う。
やっぱり顔を洗って出直してきたほうが良いと素直に思う。
でもさ、ブロガーって名乗るって何様?と、ちょっとだけ思う。
自分自身は「駄文を書いてます」とかは言うけど、あと書いているブログのコミュニティーの中ではブロガーと称することが無くは無いけど、でもPublicに自分はブロガーであると名乗る事が理解できない。
ま、厳密に言うとブログを書いているからブロガーなのだけれど、ワタシのようなブロガーがこんなことやるとさ、プロが仕事する場がなくなるでしょ?論の中で謳われるブロガーとは違う人種である、というか、ありたい、と思う。素直に思う。
ま、考えすぎっちゃ、考えすぎなんだけどね。
この感覚は少し議論検証されていいかもしれんですな~。なんちゅうか、鬼ごっこでいう”ごまめ”扱いみたいな場面を受けているようなのも見かけるので。
おれは金払ってんだ、お客さまで神様だ、と我がままの理由としてお客さんの側が言うのって間違ってると個人的に思ってるのですが似たようなところかな。
記者と一様に比べるのが正しいってのでもないし、まだはっきりしないなぁ。この辺、気になっております。はい。こう、”ごまめ”にされてるのって、お客様扱いを受けてるだけで身内に入ってないという意味合いかもしれんですし。
という訳で、少し考えます。考えたからどっかで即書くとかじゃないけど、頭の片隅にファイリング。
大日本印刷がブックオフに出資した理由(前編):日経ビジネスオンライン
よく出版の低迷がデジタルメディアのせいだと言われるんだけど、欧米では決して日本ほど不振じゃないんですよ。
気遣いというのは、人に“明に”気づかれたら二流だ。「気を遣わせてしまったな」と思わせてしまうからだ。相手に負担をかけないようにしている行為なのに、別の面(心理面)で負担をかけるなど、言語道断。
だから目に見えて分かりやすい気遣いをする輩は、私は却って好ましくなく思う。だいたい、美しくない。気遣いというのは相手への配慮でなく、自分の美学に過ぎない。だから分かってもらう必要など無い。自分自身が理解しておればそれで十分である。
とはいえ、そのようにした気遣いに“暗に”気づいて、真似して返してくれることほど嬉しいことはなく、しかしその「お返し」に気づいたことは心に留め置き相手を褒めることはしない。ただ良き心証をのみ持つ。これでよい。